木造住宅の耐震性能を上げるための技術開発を担う
住友林業 住宅事業本部 技術開発グループの今井淳一さん。木造注文住宅の構造面に関する技術開発を担っています。「平たく言うと、木造住宅を地震に負けない強い家にするための業務全般ですね」。新しい構法や部材開発を数多く手がける技術開発職のプロフェッショナルです。
住友林業 今井 淳一さん
日本史が好きで、伝統的な街並みや住宅、社寺建築や城郭建築などを見るのも好き。木造住宅の構造関連の仕事に取り組んでいるのもそのあたりに理由があるようです
「私が入社したのは、ちょうど品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)が施行された頃。住宅性能表示制度によって耐震等級や耐風等級という指標ができ、構造面にもより一層力をいれようという気運が社内でも高まっていました。その後、2005年にはマンション耐震偽装事件が発覚。この事件は“確認申請を通った建物は安全”という常識を覆すもので、建築業界に激震が走りましたね。事件をきっかけに建築確認申請の審査が厳しくなり、作成する書類の増加や、書式の大幅な見直しなどで忙殺された記憶があります」。この事件をきっかけに『構造設計一級建築士』という新しい資格も制定され、今井さんも社内で数少ない取得者の一人となりました。そして、2011年には東日本大震災が起こり、住宅の耐震性能に一層の信頼性が求められるようになります。
現場の声に耳を傾け、より洗練された商品へ
現在、同社の看板商品となっている『ビッグフレーム(BF)構法』も、今井さんが開発に参画した成果の一つ。従来の木造軸組構法では筋かいを入れて強度を高めますが、その分、開口や空間を広く取りにくいというデメリットがありました。BF構法ではそれを克服すべく、一般的な柱の5倍以上の幅を持ち、建築基準法の壁倍率※換算で約22.4に相当する強度をもつ『ビッグコラム』を開発。柱・梁・基礎を強固に一体化する『メタルタッチ接合』により、耐震等級の最高等級3を確保しながら大開口・大空間を実現しました。 ※地震時等に建物を支える耐力壁の強さを表す数値
「ビッグコラムや接合金物などの部材開発では、同社筑波研究所のスタッフ、プレカット工場や金物メーカーの方々などと共に、部材の試作や検証実験を重ねました。ほかにも、技術評価の取得や施工性の検証、構造計算プログラムの開発など、業務は多岐にわたりました。社内の関連部署や社外の開発パートナーと苦楽を共にしながら、ようやく商品化にたどり着いた時は嬉しかったですね」。
同社の筑波研究所で、構造部材への加力実験や実物大振動実験などを繰り返し行い、技術的な知見を積み重ねていきました
また、「最初期のBF構法はプロダクトアウト※的な要素が強く、現場では運用がスムーズにいかない部分もありました。この構法は高層ビルなどに使われるラーメン構造で、住宅分野では馴染みが薄いということもありましたし」。そこで、技術先行的な面を改めるべく“お客様への間取りの提案時などに、どのような点が設計しづらいのか”ヒアリングを重ねて、設計担当が仕事をしやすくなるように様々な改良を加えていったそうです。その結果、採用棟数が増えて、今では社内でのシェアが半数を大きく超えるという人気商品になりました。 ※プロダクトアウト:商品の開発や生産においてつくり手の論理や計画を優先させる方法
BF構法で使用する『ビッグコラム』(左)には、3階建て以上の建物の設計自由度を高めるために接合金物を増したもの(中)や、 2本を並列に組み合わせたもの(右)などのバリエーションが開発されている。 開発に携わった今井さんにとってこれらは子どものようなもので『コラム三兄弟』の愛称で呼んでいるとか。 なおBF構法は、住宅構法として初めてグッドデザイン賞を受賞(2011年)しています
「チームワークで新しいものをつくり出し、その成果物を営業担当や設計担当が活用してくれているのを実感するとき、この仕事をやっていてよかったと感じます」。ハウスメーカーは年間の引き渡し棟数が多く、企業としての技術開発の規模を大きくすることができるため、チャレンジンングな開発にも取り組めるのが魅力だといいます。
同社の『住まい博』の写真。1万人以上が訪れるイベントで、自ら開発した技術を披露し、 多くの人の反応を見たり質問を受けたりするのも嬉しい瞬間とか
多忙な中、休日には伝統的な街並みや住宅を見て回るのが楽しみという今井さん。「最近は、金沢の茶屋街や長野の妻籠宿の町屋を見てきました。吉田五十八設計の旧小林古径邸や旧岸信介邸も、素晴らしい近代数寄屋住宅で印象に残っています」。日本の伝統を感じさせる繊細なものが好き。「今後はBF構法で、和風の綺麗なモデルハウスなども企画してみたいですね。それを気に入ったお客様が、実際にそのようなお宅を建てて下さったら…と夢見ています」。