「美しい家並みをつくりたい」との思いから、設計の仕事へ
住友林業の河村賢さん。建築デザイン室は同社のトップクラスの設計職が集まる精鋭組織です。支店でのキャリアも含めると300棟以上の実邸設計に携わってきたプロフェッショナルです。
「電車の車窓から外を眺めながら“もっと美しい家並みをつくれないものか”と考えるような子どもでした(笑)。大学では建築学を専攻し、公共建築や住宅政策にも興味を持ちましたが、美しい住宅を一軒一軒建てていくことが理想の街並みづくりにつながるという思いがあり、今の仕事につながっています」
住友林業 河村 賢さん
誠実な人柄に信頼を寄せるお客様も多く、施主宅に家族ぐるみで招待されることもあるそうです
「お客様は皆、理想の住まいのイメージをお持ちです。“こんな家にしてほしい”というご希望通りにすることもできますが、そこにプロとしての提案を盛り込んでいくのが私たちの仕事です。受け容れていただけるか、満足していただけるか……プレッシャーもありますが、竣工した家に感動してくださる姿に出会うたび“この仕事をやっていてよかった”と実感できます」。
旅行先にもスケッチブックを持っていく。「家族旅行の時も、周辺環境や建物優先で宿泊先を選んでいます。 大人向けのインテリアや料理は、小学生の娘たちには不評だったのですが、 最近はまた行きたいと言ってくれるようになりました(笑)」
施主の期待を超える提案をするのが、プロの仕事
河村さんが設計した、伊豆高原の森の中に佇む印象的な邸宅(写真)。東京にお住まいのお客様が別荘として建てたものだそう。「最初にこの地に立ったとき、溶岩台地の黒く力強いエナジーと、鬱蒼とした原生林の景観が強く印象に残りました。当初、お客様は純和風の旅館のようなイメージをお持ちでしたが、私は和や洋といったカテゴリーを超えた、この土地に溶け込むようなデザインをご提案したいと思いました」。河村さんのアイデアに最初のうちは乗り気でなかったお客様も、なぜこのデザインなのかを熱心に語るうちに理解を深められ、賛同されるようになったそうです。「自分が良いと思えなければ提案はできません。競合他社の存在もありプレッシャーは感じていましたが、それに打ち克つだけの情熱をこめてご提案しました」。
(外観写真)黒い屋根と外壁、深い軒が印象的な邸宅。周囲の緑に溶け込むような佇まいです
河村さんは、外観に溶岩と同じ黒色を取り入れ、台地から建ち上がったような雰囲気にしたいと考えましたが、この地区では自然公園法により外観に原色を使用することが禁じられていたそうです。「実は、黒も原色扱いになっていたんです。そこで、自治体の窓口にサンプルを持参して交渉し、認可をもらいました」。溶岩台地から建ち上がるような外観を実現するためには、やはり溶岩に近い黒色の外壁でなくてはならない。設計コンセプトを具現化するために、自治体と交渉する手間もいとわない姿勢に、河村さんの真摯な仕事ぶりの一端が見えます。設計職には、粘り強さも不可欠な資質だといえそうです。
室内に入ると、温かみのあるタモ材の木質感と、溶岩台地を連想させる黒やグレーのタイルが印象的な空間が広がり、窓からの眺めとしっくり馴染んでいます。景観を楽しめるよう、部屋の配置にも細心の注意を払ったという河村さん。「お客様は、ゆったりと森を眺める時間を満喫してくださっているようです。別荘計画に関心の薄かったご長男様が初めて建物を見た時に“感動した”というお話を伺い、嬉しく思いました」。
(リビング写真)大きな掃き出し窓から森の眺めを楽しめるリビングダイニング
設計職の立場から家づくりにあたってお客様に望むことは「とにかく思いをすべて伝えていただきたいですね」。施主の期待を超えた提案をするのが設計のプロ。そのためには徹底的なヒアリングが不可欠だと語ります。「そのようなプロセスを経て、ようやくお客様に成り代わって家を設計できるのだと思います。もちろん、上手に話を引き出すのもプロの仕事ですから、そこは気負わずに臨んでいただいて大丈夫です(笑)」。
「お客様の夢を実現する良きパートナーとして、さまざまなプロセスを共にしながら打ち合わせできるのが何よりの楽しみ」と語る河村さん。理想の住まいを尋ねると「住まう人と、通りを行き交う人から、半世紀の時を超えても愛されるような家をつくりたいですね」。